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News Release
医語よろしく

2009年1月~

【2009.8.4】

整容性を重視した乳房温存治療テキスト

聖路加国際病院の矢形先生を中心に、乳腺外科医と形成外科医が定期的に集まって、乳房温存手術における整容性に関する検討会を行っていることを以前お伝えした。

http://www.bsvc.co.jp/igo-0810-1.htm

その会のメンバー達が、今回テキストを作成することになり来春出版の予定である。私は巻末の「締め」の言葉を担当するように・・と矢形先生から依頼があったのでその原稿を書いたが、出版に先立ちここにお披露目しようと思う。

整容性を重視した乳房温存治療テキスト

おわりに

宮内 充

四半世紀前、私が大学の外科医局に入局した頃は、乳がんの手術といえば全例にハルステッドの定型的乳がん根治手術。筋肉付着部の処理を容易にするため、なんの疑いもためらいもなく、肩口から縦方向に長く皮膚にメスを入れた。その後、筋肉を切除しない非定型的乳房切除に移行、横切開による皮切が一般的になったが、いよいよ'90年頃より乳房部分切除による温存手術が導入され、世紀をまたぐ頃にはセンチネル見張りリンパ節の概念により腋窩郭清は可及的に省略されるようになった。

「乳がん患者の生存率を向上させる医療行為は、早期診断と術後の薬物療法である」という画期的内容の論文が2005年に海外から報告された。原発巣の切除はがん治療の根本的治療戦略であるため、決して乳がん手術そのものの治療意義が否定されたわけではないが、乳腺外科医にとって手術、特に今や全体の約7割に行われる乳房温存手術の「意義」をもう一度考え直すきっかけが与えられた。

温存手術の目的は「局所の根治性とQOLを向上させること」にある。この大命題が「言うは易し行うは難し」であることを外科医の多くは理解している。ともすれば、乳房の形にこだわる患者さんに対し「乳房が残るのだから多少の変形はがまんせよ」とか「再発して命にかかわっても良いのか」と心なき発言をする外科医も皆無ではなかった。そこまで不遜な態度は取らずとも、がんの位置や乳房の大きさが不利であったり、更に根治性のみを最優先に考えるあまり、それらを術後の乳房の美しさを保てないことの言い訳に使ったことに、身に覚えがある外科医は少なくあるまい。

体表の乳がん手術がここまで縮小化されると、同じメスを握る仕事をしていても、腹部消化器や胸部循環器の外科医とは、目指すべき目的が違ってくるのは当然であろう。あえて言わせてもらうのなら、温存乳房の出来上がりの美しさにこだわらない外科医は、乳腺外科医として失格である。更に、乳房の外科医者はメスを磨く前に己の美的感覚を磨くべきだとさえ思う。

以前、形成外科医が執刀する乳切後の植皮術や広背筋皮弁による同時乳房再建術に助手として参加したことがあるが、「人の体は自ら治癒する。メスを握る我々は、それがうまく行われるように少しだけお手伝いすれば良い」という手術に対する考え方が一般外科医とは全く異なることに驚いた。さらに特筆すべきはその出来上がりに関する「こだわり」である。執刀前に皮膚に描いた切開線の緻密さ、頻回に及ぶ術中の患肢や上半身の挙上、時間をかけて丁寧に縫い終えた創でも、皮膚に不均一な緊張がかかって良くないと言う理由で全部始めから縫い直したり、手術は短時間にとっとと終わらせるモノだと教育されて育った一般外科医である私には、むしろ新鮮で強烈な印象があり、かつ、手術という医療行為の本質を見せてもらったような気さえした。

温存乳房の整容性を保つには、是非とも形成外科の先生達の「美しさにこだわる姿勢」を学んで欲しい。もちろん繊細で緻密な手技など具体的に教わることも多いが、形成外科医の手術を直に体験することは、乳腺外科医のスキルアップに必ず役立つはずである。

温存乳房の美しさにこだわるには、具体的にどうすればよいかを著した成書は、実はこれまではほとんどなかった。手術は「経験」、やはり多くの症例を身をもって体験することが必要であるが、遠回りをして無駄な失敗を重ねる学習法では患者さんに対し申し訳けがない。このテキストは百点満点の正しい回答を導き出してくれる教科書ではない。しかし温存乳房の整容性を保つことが重要と感じる乳腺外科医達には、必ずなにかしらのヒントを、このテキストが与えてくれると信じている。