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News Release
医語よろしく

2015年1月~

【2015.7.30】

親父が昔外科医だと・・・その1


大学生の息子が腹痛のため、午後の授業を早退してまだ日の高いうちに帰宅した。おそらく虫垂炎であろうと、大勢の虫垂炎患者の手術治療経験のある昔の外科医である父親は、とりあえず抗菌剤をのませて自宅で様子をみようとしたものの、不思議なことに誠によくあるパターンだが、夕方から徐々に腹痛が強くなり、いよいよ自宅ではもう無理そうなので病院に行こうと決めたときには、宵の口、もうすっかり暗くなっていた。

私は乳腺専門医なので腹の手術などはもう20年近く関わっていないし、現在手術ができる病院にも所属しておらず、治療は誰か他の先生、他の病院にお任せするしかない。出身は千葉大学第一外科なので、当然のことながら千葉市内にある第一外科関連の、自分の後輩達のいる病院に電話をかけまくり、息子の治療をお願いしようとしたが、後輩達はすでに帰宅したとか、夜だから救急に対応できない、とやらでそこには受診できず、千葉市が指定するその日の夜間救急診療の外科当番病院(○○センター)に行くことになった。

採血やCT検査の後、担当医に呼ばれ、診断はやはり急性虫垂炎でこれからすぐの緊急手術を提案されたのだが、現在の息子の症状と画像や血液検査結果からはその提案はきわめて妥当。さらに息子は翌週から始まる大事な試験を控えており、もし今日(月曜)腹腔鏡手術を受け良好に経過すれば数日で退院でき、来週からの試験にも間に合う。手術なしに入院薬物治療で経過をみても確実に痛みが取れるとも限らず、いったん収まってもまた再燃することだってある。これから試験日程を控える学生の身にとって、いわゆる爆弾抱えたような状況は、むしろ好ましくないかもしれない。また、夜間(診察時は夜の10時頃)なら手術室も空いているが、明日になると朝からは予定待機手術が優先され、緊急の虫垂炎手術も夕方過ぎからになる。腹が痛いまま、まるまる一日寝かせておくのもかわいそう。諸々の状況を考えると、真夜中でもすぐに手術を受けられるのならそれが最良の選択であることは間違いない・・が・・ひとつ気になることがあった。実はその救急病院が千葉大学第二外科の関連病院(第二外科出身のスタッフ中心)だったからだ。

どこの大学病院も昔は、外科の教室は第一外科と第二外科の二科があり、どちらの科もほとんど同じ診療(消化器一般外科、肝胆膵外科、乳腺外科など)を担当していた。今でこそ多くの大学病院は両科にダブらないよう診療内容が区分けされて、第一第二などの呼び名も改められているものの、中身はやっぱり同じ大学内にあるライバル診療科・・千葉大学もご多分にもれず、どちらもプライドを持った歴史の古い外科教室。両科の出身者には程度の差はあれ、むか~~しからの根深いこだわりがあるはず。

決して緩くないこだわりを持つ第一外科出身医の感覚からすると、第二外科の関連病院で身内が入院手術を受けるなど、とても考えられない。昼間のうちに後輩の病院に連れて行っておけば良かったと、いまさら後悔してもあとの祭り。今は夜中でかつ緊急事態である。しかしやはりここでは手術は受けられないので、とりあえず抗生剤の点滴だけ受けて今晩はいったん帰宅し、明日の朝、同門(一外)の関連病院で後輩達に診てもらおうか・・とも考えてみたものの・・・腹を抱えてうずくまる息子に、「いったん帰って明日の朝、別の病院に行って本格的に治療しよう」とはとても言えるわけがない。

しかし、そんなこだわりを持つ愚かな父親もハタと気がつくことができた。父親の出身科の事情などは息子にとっては全く関係のないこと。親父のこだわりは、今この状況においては何の役にも立たないどころか、百害あって一利なし。息子を苦しめるだけである。一番たいせつな事は、患者である息子が一刻も早く確実な治療が受けられることであろう。「手術お願いします」との担当医への返事が、静かな夜の救急診察室に響き、かくして昔の外科医の息子は、父親の出身科とは別の関連病院で、夜中の緊急手術を受けたわけである。

昔外科医であった父親のこだわりが身内の患者にとっては決してためにはならないことがあることを気づかされた、ある夏の暑い夜のできごとでした。
親父が昔外科医だと・・・その2に続きます。