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News Release
医語よろしく

2011年1月~

【2011.7.20】

リンパ節に転移がなくしこりの大きさが1センチ以下のHER2(ハーツー)陽性乳がんの患者さんには、ハーセプチンは必要ないのか?

先日の原著論文「リンパ節転移のない小腫瘤径HER2陽性乳癌の再発リスクに対する臨床医の治療イメージと、オンラインソフトで算出した再発危険度との乖離について―Triple-negative乳癌に対するイメージと比較してー」 乳癌の臨床 第26巻2号 : 頁207~213, 2011年の要旨を患者さんや一般の方にもわかりやすく書き直しました。

【患者さん一般の人向け文章】

リンパ節に転移がなくしこりの大きさが1センチ以下のHER2陽性乳がんの患者さんには、ハーセプチンは必要ないのか?

◆HERA(ヘラ)試験で有用性が証明された

HER2(ハーツー)陽性乳がんは、放っておくとしこりが早く大きくなったり、病気の進行も早かったり、とてもたちの悪いタイプの乳がんです。しかし10年前からトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)が使えるようになったことで、治療成績は劇的に改善されました。特に手術後に約1年間投与することで、再発の危険性を今までの1/3から半分程度まで抑えられるようになりました。日本でもこのハーセプチンのおかげで、HER2陽性の乳がん患者さんの多くが、再発せずに元気で過ごしておられます。

このハーセプチンが手術後の再発予防のために使えるようになったのは、ヨーロッパを中心に行なわれ、日本の患者さん達も参加したHERA(ヘラ)試験という、ギリシャ神話の女神の名前がつけられた臨床試験の結果が良かったからです。その試験では、手術後に化学療法(抗がん剤投与)を受けられた患者さんを対象に、その後、ハーセプチンを追加で使用する人としない人の2つグループに分けて再発の状況を比較しました。その結果、ハーセプチンを追加で使った患者さんグループの再発が使わなかった患者さんのグループに比べて3分の1以上も少なかったのです。つまり、手術後に1年間のハーセプチン治療で、再発予防の効果がはっきりと証明されました。

ところが、この臨床試験が始まった当初、化学療法(抗がん剤治療)を受ける必要があるのは、手術でとった腋(わき)の下のリンパ節に乳がんの転移が確認された患者さんとか、しこりの大きさが1センチを超える患者さん達でした。そのため必然的にこのHERA試験の対象者も、しこりの大きさが1センチを超える患者さんに限定されていたのです。

そういうわけで、HERA試験でハーセプチンが手術後の再発予防に効果のある薬剤であることが証明されたにもかかわらず、試験の対象にならなかった、腋の下のリンパ節転移がなく1センチ以下の小さなしこりの患者さんには、「果たしてハーセプチンが必要なのかどうか?」・・・という難しい問題がわきあがったのです。

◆術後のハーセプチン投与の必要性は?

ある先生は、「いくらしこりが1センチ以下でリンパ節転移がなくても、HER2陽性乳がんはそもそもたちが悪いのだから、当然ハーセプチンは使うべきだろう。」と主張します。私もまさにその通りだと思います。

一方で、ある先生は、「リンパ節転移がなくて1センチ以下の小さなしこりならば、もともとたちが悪いがんではないので、ハーセプチンなど全く要らないだろう。むしろ、再発予防のための手術後の全身の薬物治療(注射や内服薬)すら必要ないよ。HERA試験の結果からも、1センチ以下のしこりの患者さんにハーセプチンが必要であることは科学的に証明されてないじゃないか」と反論します。

そこで今回、乳がん治療に携わっておられる全国の先生達30人以上に、その点についてどのように考えているかをお聞きしてみました。調査の結果、リンパ節転移のない1センチ以下のしこりの小さなHER2陽性乳がんの患者さんには、手術後のハーセプチンの投与は必要ないと考えている先生方が約半数おられることが判りました。

◆トリプルネガティブ乳癌には、9割の先生がしっかり治療!!

ここでちょっと、乳がんのタイプについてお話ししてみたいと思います。今まで話題にしていた「HER2が陽性」とか、「ホルモン受容体が陽性(ホルモンの感受性がある)」とか、様々な種類のことです。手術でとったしこりに特殊な染色(免疫染色)をすると、そのタイプを知ることが出来ます。そうやって、個々の乳がんのタイプを決め、それに応じた治療方針を選択するというのが、現在の乳がんの手術後の薬物治療の基本的な考え方なのです。例えば、HER2陽性乳がんにはハーセプチンを、ホルモン受容体が陽性(ホルモンの感受性がある)の乳がんにはホルモン剤を使うといった考え方です。

最近よく耳にする"トリプルネガテイブ"という乳がんのタイプは、HER2もホルモン感受性もない乳がんです。これは裏を返せば、手術後の薬物治療は、ハーセプチンもホルモン剤も治療の対象にならないので、このがんを治すための治療薬は化学療法(抗がん剤)だけになります。トリプルネガテイブ乳がんはある意味、治療が難しく、もともとのがんのたちも悪いタイプとされていました。

したがって、先生方はトリプルネガテイブ乳がんと聞いただけで、たちが悪くて治療が大変なので、これはひたすら抗がん剤治療をやるしかないというイメージを強く持っています。

今回、先ほどと同じく全国の先生達に、しこりの大きさが1センチ以下で腋の下に3個のリンパ節転移のあるトリプルネガテイブ乳がんにはどのような薬物治療が必要と考えるかと質問してみると、9割以上の先生が、考えられる最強の抗がん剤をしっかり使う・・と回答していました。

◆「リンパ節転移のないしこりが1センチ以下のHER2陽性乳がん」でもハーセプチンは有効

少し観点をかえて乳がんが再発する可能性の高い・低い(再発リスクと言います)ということを考えてみましょう。乳がんには再発の危険性を予測する様々な手掛かりがあります。例えば、しこりが大きいかどうかとか、リンパ節転移があるのかないのか、転移があるとしたら個数は少ないのか多いのか、とか。もちろんHER2も重要な再発の危険性を予測する手掛かりのひとつで、何も治療しなければ再発のリスクが高くなる事は容易に想像できると思います。

これまでの多くの患者さん達のデータを集めて、このような再発の危険性を予測する手掛かりを組み合わせて解析すると、ある患者さんがが、5年先には何%くらい、10年目にはどの程度・・などと、理論的に再発するかもしれない危険度を、客観的に計算して、具体的に予測できるようになりました。その一つに米国でよく使用されている『Adjuvant Online!(アジュバント・オンライン!)』というインターネット上のコンピュータソフトが有名です。これは、患者さんひとりひとりの再発予測をする目的で使うだけではなく、客観的な再発の危険度に対して、どれくらいの強さの治療をするべきかという、適切な治療を選択するための一つの根拠を提案するソフトと考えられています。実はこの『Adjuvant Online!』 というインターネットソフトは、世界中の誰でも簡単に利用できるために、日本でも多くの先生達が乳がん手術後の治療薬選択の際に活用しているのです。

この『Adjuvant Online!』を利用して、これまでお話ししてきた、<リンパ節転移のないしこりが1センチ以下のHER2陽性乳がん>と、<リンパ節転移が3個あるしこりが1センチ以下のトリプルネガテイブ乳がん>が、それぞれ手術後10年以内にどのくらいの確率で再発をしそうか計算し予測をしてみました。すると、それぞれ、23%と24%と、ほとんど同じくらいの再発の危険性を持つことが判りました。これは、もちろん、術後に一切薬物治療をなにも行わなかったときの、がんの純粋なたちの悪さを表しています。これにしかるべき適切な治療を行えば、当然再発危険度はぐっと抑えることが出来るのです。

そこで、それぞれに現在考えられる最強最良の治療を施したら、再発の危険度はどれくらいまで下げることが出来るのでしょうか。これも『Adjuvant Online!』ソフトから、計算することが可能です。1センチ以下の小さいしこりでリンパ節に転移のないHER2 陽性乳がんの場合、考えられる最強の治療であるハーセプチンと化学療法(抗がん剤)を行うと、術後10年以内の再発率は8%にまで下げられます。一方、リンパ節転移がある1cm以下のトリプルネガテイブ乳がんに対して最強の治療と思われる化学療法(抗がん剤)治療を行うと、再発率を16%にまで下げることが出来るのです。

◆ちょっと待ってください、本当に大丈夫?

先ほど、日本の先生達はこの2つのタイプの患者さん達に対してどのような治療が必要だと回答していたか、もう一度思い起こしてみましょう。

トリプルネガテイブのタイプには、全体の9割の先生が最強の抗がん剤治療を行うと答えたのに、一方でHER2陽性の方では約半数の先生が、せっかくよく効く有用な薬であるハーセプチンを使用する必要はない・・と答えていましたね。

客観的に計算した再発危険度(10年後の予測再発率)は、両者ともほとんど同じなのに、こうもパワーの違う治療法が選択されないのはなぜなのでしょうか。

「トリプルネガテイブのタイプには最強の治療が必要であると」考えることは必要と思いますが、一方でそれとほとんど同じだけの再発危険度を持つHER2陽性例にハーセプチンを使用しないという、いわば、「手抜き」のような治療法を選択する先生達がいるのはなぜでしょうか。

おそらくその先生達は、HER2陽性例はたとえ1センチ以下でもたちが悪くて、放っておけば(ハーセプチンを使用しなければ)再発の危険度が高いということを、正しく認識されていないのでしょう。それに加えて1センチ以下の患者さんを対象にしなかったHERA試験の結果が、さらに先生達に間違った治療選択をさせてしまっているのではないかと、僕は考えます。

実は、最近ではいろいろなことがわかってきています。最新の米国の乳がん治療ガイドライン(NCCNガイドライン)やヨーロッパを中心にしたザンクトガレンのガイドラインでは、しこりの大きさが1センチ以下でリンパ節転移がなくても、HER2陽性であれば手術後にハーセプチンを使用した方が良いであろう・・・と、書かれるようになりました。

たまたま臨床試験で対象にならなかっただけの患者さん (リンパ節転移のないしこりの大きさが1センチ以下のHER2陽性の患者さん達) にはハーセプチンは必要でないなどと根拠のない誤った解釈をしてしまうと、ハーセプチンを確実に使用なければいけない、もしくは使用すべき多くの患者さんを再発から救うことは出来ません。トリプルネガテイブ乳がんには考えられる最強の治療をするべきだと考えているのであれば、それと同じ程度の再発の危険性を持つHER2陽性の患者さんにも、考えられる最高の治療をしてあげることが、やはり大切ですよね。

「いくらしこりが小さくてもHER2陽性乳がんには、必ずハーセプチンを使った治療をしましょう」と、多くの先生達にお伝えしたい論文です。

リンパ節転移がなくしこりが1センチ以下のHER2陽性乳がんリンパ節転移が3個あるしこりが1センチ以下のトリプルネガテイブ乳がん
年再発率:23%10年再発率:24%
現在の最高の治療を行うと、10年再発率:8%現在の最高の治療を行うと、10年再発率:16%