医語よろしく
2005年1月〜6月
2005.6.30
 乳がん学会と乳がん医者・・・
先日倉敷で、年に一度開催される乳がんの全国規模の学会、日本乳がん学会総会に出席した。当学会の全国の会員数はおそらく、現在7〜8000人以上、日本で乳がんの診療についてリーダーシップをとるべき(!?!)最大の学会である。その2日間の学会での、演題構成(お題目)のお話からはじめよう。

医療関係の学会には、いろいろな発表のスタイルがあり、個々のドクターたちが経験した患者さんの病状をレポートする「症例報告」とか、診断や治療成績に関する研究を報告した通常の「発表」。この両者を併せて「一般演題」と呼ぶ。年一回の総会での発表演題の数から言うと、圧倒的にそれらが多いのであるが、実は、それらの演題の中味が、今現在の日本の乳がん診療の現場の様子をもっと正確に反映することになる。つまり一般の臨床医の関心事、普通の病院の先生たちが日々の乳がん診療から経験している、「毎日の診療関心事」的内容の演題だからである。

一方では、少し大きめの会場で数百人の聴衆を集めて行なわれる、シンポジウム、パネルデイスカッション、特別講演、教育講演、ワークショップ(これらを「特別演題」とでも名付けようか)などの演題。これらはどちらかというと、オピニオンリーダー(??全然リーダーにふさわしくない輩も多いが)たちから、一般の臨床医に向けての教育的な情報発信をすることを目的としている。つまり学会が意図する情報提供のひとつとして、日本のお医者さんたちは、こういう事に関心を持ちなさい、こういう事を日々勉強し研鑽しなさい、こういう方向に乳がん医療を進めていきましょう・・という、「道先案内」的内容の発表形式である。

道先案内的発表の別の形として、ランチョンセミナー、モーニングセッション、サテライトシンポジウム、イブニングカンファレンスなど、朝一番の早〜い時間を使ったり、昼休みに弁当を食べながらとか、夕方の時間に夜の町に繰り出す前にちょっと会場に残って・・という本来の学会の時間の隙間を使った勉強時間を取ることもある。これらはしかし、多くの場合、海外からの偉い先生を講師として招聘する費用を負担したり、弁当や軽食などの費用を負担したり、お金のかかることであるから、医療関係の企業がスポンサーにつかなくてはならず、いわゆる企業がらみの情報提供の場になるので、どうしても薬剤や医療機器関係の演題に偏りがちである。しかしこれも目的としては教育的立場にあり、特別演題の部類、道先案内タイプの発表形式である。

今回の2日間の学会開催期間に発表された、それぞれの発表形式別に、演題の数(実数ではなくそれを4〜5題ずつ集めた、セッションという単位で会が進行していくので、そのセッション数)の構成をみてみよう。わかりやすくするために、セッションの内容を、「診断、検診」「手術」「薬物治療(抗がん剤ホルモン剤など)」「疫学、基礎、チーム医療などその他」の4つに分類してみた。





上が、一般演題。つまり「毎日の診療関心事」のセッション数を表したモノ。下は、特別演題、つまり「道先案内」のセッション数である。

上と下でセッションの分布の様子が全くちがうことがおわかりだろう。一般演題には、診断や検診、手術などのセッションが多いが薬物療法に関する演題はずっと少ない。一方の特別演題では、逆に診断や手術のセッションは少なく、むしろ薬物療法、くすり関係のセッションが圧倒的に多い。これは、そのまま今の日本の乳がん医療の置かれている立場を考えると容易に予測できることである。このカラクリはこうである。

乳がん学会の会員構成は9割以上が医師会員、その中でもほとんどが「外科医」、つまり乳がんの治療に携わる医者は、圧倒的に「外科医」が多いのである。では、日本の外科医たちは日々の診療で何をしているかというと・・まず乳がんの診断からスタートする。触診をしてマンモグラフィーを読み、超音波の後にしこりに針を刺して細胞や組織を診断する。そうして乳がんの診断を付けることから、日本の外科医の仕事は始まる。診断の次は本来の外科医の仕事である手術。それが終わると術後はくすりの治療を展開していくのである。この一連の乳がん診療のうち、実は外科医が日々、関心をもっていることは「診断から治療まで・・」が圧倒的に多いということを、学会のセッション数の分布が物語っている。

がしかし、自ら感じている外科医も多いであろうが、患者さんの乳がん人生は、手術から後の時間の方がずっと長い・・ということは、当然、くすり(抗がん剤やホルモン剤)の治療がその期間は必要になるので、だから外科医もくすりのことを勉強しなくてはならない、くすりを正しく有効に使えるようにトレーニングせねばならない、・・学会の主催者側も薬物治療の重要性を強調したいがため、こんなふうに、道先案内的情報提供は薬物療法に関するセッションが多くなる。

外科医の日々の関心事項と、進むべき方向の道先案内とが、現実的にはこんなにずれちゃっているのである。あまり回りくどいいい方をしても仕方がないので、もう少しはっきりと言おう。

外科医はもっとまじめにくすりの勉強をしなさい・・ってこと。乳がんの患者さんを面倒見る時に、理想を言えば、くすりのパートを受け持つのは(腫瘍)内科のドクターであるが、完全に内科の先生たちにすべてお任せできるほど内科医は多くない。今の日本の医学教育の中では、おそらく抗がん剤を中心とする薬物療法のプロである(腫瘍)内科医が大量に育成されるプログラムは存在しない。現在は、必然的に外科医がかなりの部分で薬のパートを受け持たなくてはならないのであるが、この状況はまだまだ当分かなり将来まで続くだろう。だから、手術が大好きな外科医であろうとも、がんの患者さんの面倒見る立場でいる限り、いい加減な勉強で中途半端な抗がん剤の使い方をするんじゃなくて、正しく使えるように勉強しなくてはならない・・というわけである。

ある腫瘍内科の先生が、外科医中心の乳がん学会のスタイルがこれからも続いていくことに批判的な意見を言ってくれたことがある。もういい加減「乳腺外科」という呼び方はヤメにしないか・・と。

私も全く同感である。ちょっと別の側面から、外科医の仕事の重要性を考えてみよう。乳がんに関する一連の診療において、これから将来、外科的な診療部分・・つまり手術(切って取ること)の方法がいかに進歩しようが、患者さんの生命予後を圧倒的に改善することは、所詮、手術が局所治療にすぎないことを考えると、ほぼあり得ない。つまり、これからどんなに画期的な手術法が進歩しようが、それは患者さんが長生きすることに役立つモノではなく、つまり、手術の持つその目的と意義は、局所のQOLや美容的な満足度を向上させ、いかに日常生活に支障のない状況を提供してあげられるか・・・という点である。

一方で患者さんの長生きにつながる治療に直結するのは、間違いなくくすりの治療である。つまり薬物療法こそ患者さんの生命予後を改善することに寄与するわけである。

私は紛れもなく外科医の端くれである。自分で言うの変だが、端くれどころか、千葉県がんセンターを退職して数年たった今でも、そんじょそこらの外科医よりも、乳がんの手術の腕には自信がある。イヤ、日本中の乳腺外科医の誰よりもよっぽどきれいに上手に、乳がんの手術をやれるつもりである。しかし、外科医にとってそんなことは当たり前のことであり、無駄なくきれいな手術が出来ること・・これが最高に腕の立つ外科医の条件であることに異存はあるまい。しかしこの「無駄なく」というのが、実は微妙に出来ていなくて・・どうも多くの外科医は「切って取る」事が「美学」であって、たくさん無駄に取ってもなにも感じていない大バカ医者が多すぎるような気がする。

そんな「自己満足型おれはえらいぞ外科医」が、術後にまともな抗がん剤治療なんぞ出来るはずもなく、だからいい加減なくすりの使い方ばかりするので、くすりのプロである腫瘍内科の先生から、外科医はエビデンスのないいい加減な治療をしているとか、頭の悪い外科医は抗がん剤を扱うな・・とか、ぼろくそにやっつけられてしまうのである。

響きかたは人によってちがうのかもしれないが、私は「乳腺外科医」と聞くと、乳腺の専門家には間違いないのであるが、どうもくすりの治療はあまり上手でない(無能な?失礼・・)外科医・・のような気がしてならない。

どちらにしても、乳腺外科が乳腺の診療をします・・というのは、今の日本の乳がん事情を考えると、どうもしっくり来なくて、乳腺は「乳腺科」「乳房科」で、診断から手術・・くすりの治療までまかないます・・・という方がずっと良いような気がする。このHPを開設当初からお読み頂いている読者のかたなら、私が時々「乳がん医者」という言葉を使うことをご存じと思うが、この「乳がん医者」という呼び方が、自分なりには一番しっくり来る乳腺専門医の別名である。

私は決して、乳がんの診断をおろそかにしても良いとか、手術なんぞどうでも良い・とかいうことを言いたいわけではない。ましてや、診断や検診、手術に命をかけている先生たちの努力を否定するつもりなどは全くないし、そのような努力があってこそ、今の乳がん医療が成り立っているのだし、これからも日本の乳がん医療の根幹をささえる大事なエネルギーであることを疑うつもりはないので、誤解のなきように・・・

早期乳がんを見つけることで乳がんから女性の命を守ってあげるのが、「診断医・検診屋」の仕事、乳がんからより快適に日常生活に復帰させるのが「切り屋・外科医」の仕事、乳がんを治し患者さんを長生きさせるのが、「くすり屋・内科医」の仕事、・・と考えれば、自ずとそれぞれの目指すべき道と、足りないところがわかってくるのではなかろうか・・これらがすべて、必要十分にこなせてトータルコーデイネート出来る専門医が、立派な「乳がん医者」なのである。

間違っても外科医が、いつまでも診断や手術ばかりに目を奪われて、くすりを十分に安全に使いこなせないようなことが、延々と続くようなことになってしまえば、日本の乳がん医療は、お先真っ暗である。乳がん学会の演題の分布状況から、今の日本の「乳がん医者」の進むべき道を、私なりに解釈してみたのであるが、皆さんはどのようにお考えでしょうか・・・




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