医語よろしく
2002年1月〜3月
2002.3.29
 医の倫理観と「サクラサク」・・・・

今年は桜が早かったですね。いつもなら、ぴっかぴかの新入学生の肩や、新入社員の歓迎会をかねた夜桜コンパで、無理矢理飲まされ歌わされるバックに舞う、ピンクの花びらなのに、今年は卒業生や転勤、退職する人を送る、涙の花びらになってしまってますね。小さいときに感じた季節感、四季おりおりの行事が、何とはなしにすべて少しずつ早くなっていると感じるのは僕だけでしょうか??これも、地球環境が四季に与える副作用のひとつなのかも・・・

それはそうと、「桜」と言えば、受験の合格不合格電報の例え言葉として有名ですよね。「サクラサク・・」とか、「桜散る」とか・・・僕は現役の時は、京都大学を受験しました。京大の工学部です。なんで工学部??とお思いでしょう。実はさほど自分の将来を深く考えた受験ではなく、それなりに理系でお勉強は出来たようですが、別に何になりたかったわけではなく、でも高校時代に修学旅行で行った(なんて言うと時代がバれてしまう。今は海外の修学旅行も当たり前ですからね)京都が大好きになって、何が何でも京都で学生生活をしたいと、ただそれだけで京大工学部志望だったんです。なんで京大医学部じゃないかって???それほど勉強好きじゃなかったんですよ。単にそれだけ・・・もちろん、お医者さんになる心つもりも、そのときには皆目なかったんです・・実は・・・

現役の時の京都大学は、僕を「いらない」って言ってきて、見事「桜散る」の電報を送ってよこしたのですが、たまたま滑り止めで受けた都の西北、早稲田大学理工学部が「桜を咲かせ」てくれたので、まあ浪人するのも何だし、そのまま会社勤めするのであれば、1年でも早く社会に出た方がいい、さらに京大工学部になんら引けを取らない早大理工学部だし、と父親にさんざん説得されて、高田馬場の学生生活が始まったわけです。一年間早稲田の単位もまじめに取ったし、早慶戦の時、神宮球場の外野席で隣の知らない早大生と肩を組んで「都の西北」を歌ったなんていう、貴重な経験もしたのですが、どうしても「京都の学生生活」を忘れられず、悶々とした早大1年生を過ごし、正月過ぎの後期の学年末試験が終了したら、もう春休み・・(私大って授業料は高いのに授業日数は短いんだな、これが、・・でも学生にとっては休みが長いのは天国だよね・・・) まるまる2ヶ月も休みがあって、だったら「再受験じゃ〜〜〜」と、またしても受験勉強を始めたわけです。ただ、同じ工学部の受け直しはは親父の理屈から言えば、再受験の価値なし、医学部なら再受験して良しと・・・だったら、医学部受け直そうか・・・になって、かといってまじめに浪人したって、おいそれと入れない京都大学医学部をねらえるはずもなし、でも京都の近くでそんなに難しくなさそうな(なんて言ったら母校の関係者に怒られそう、でもホントだぜ・・)大津の新設医大(一応当時の国立一期校だよ)滋賀医科大学の受験となったわけです。幸い、早大理工学部の教養課程で、当然、理数系の勉強はたっぷりやっているので、滋賀医科大学1次試験に必要な、古文漢文世界史などの文系の勉強だけすれば、後は鼻うた??(なワケはないけど)何とか希望通り、見事、関西地区、京都まで電車で10分の地で、学生生活を送れるようになったわけです。
 さて、身の上話はこのへんでおしまい・・・ブレストサービスのHPで、いかに僕が要領よく医学部に入ったかなんて事が、話題にしたいことではなく、「医者になる動機や医師の倫理観」についてお話ししたいんです。(トップニュースにも、今の日本の医学部教育、医者の教育について書かれている記事を取り上げてあります。)
 18〜9歳、二十歳前の若者が、将来の自分のやりたいことや、進むべき道を、どれほどしっかり持って受験に望んでいるのか。医学部を受験する多くの頭脳明晰お勉強が良くできる学生達に、いかに立派な「医の倫理観」を持って医学部を目指しているか、聞いてみたらどうでしょう。もちろん、自分が小さい時にとても医療関係者にお世話になって、とか、ご恩返しのために是非自分も世の中の人のためにお役に立ちたくて、と言う、貴重な経験のモトに医学部(医者の道)を選ぶ、まともな動機の持ち主もいるには違いありません。でも、おおかたの大多数の医学部受験生は、きっとそんな動機は持ってないだろうな・・・って、かく言う僕もそうでしたから。ただ勉強できるやつは医学部を受ける、僕の時はそんな風潮でしたが、今もそんなに変わらないのでは? 患者さんがこれを聞いたら、お怒りになるかも知れません、また呆れられるかも知れません。でも現実的には今の(僕の時も)受験社会点数主義の教育では、そのような「倫理観」を学ばせることはついぞ無かったし、より上手に「受験テクニック」を発揮できる、そんなノウハウがもっとも優先される教育現場でしょう。(当の教育担当の先生方は決してそんなことはないとおっしゃるかも知れませんが、現実的には点数でしか、社会が評価してくれてない事を、学生達がもっとも強く感じていますよ)

 文部科学省が「大学評価・学位授与機構」として、国立大学の教育サービスの貢献度や教育研究の水準を評価した結果を公表し、その評価の激辛ぶりに (たとえば医学系教育評価で、京大医学部は、学生の受け入れ方針について、面接もしないまま学力成績のみで入学させているという理由から、教育目標の達成に貢献しておらず大幅に改善すべき必要あり、と「最低ランク」の評価を受けた)、多くの大学医学部が、優れた臨床医を育てる目標への取り組み方が不十分との評価を受けたそうです。
 評価する方もする方だし、される方もされる方・・・かな。今の小中高の教育現場が、残念ながら先のように、良き臨床医を育てる上でとても良い環境で成り立っているとは思えず、また、社会全体がまだまだ点数重視の人間評価しかしていないのに、ちょうどその真ん中にある大学医学部教育だけやり玉に挙げられて、かわいそうと言えばかわいそうかな・・・

 医の倫理観・・僕がいつ頃、そういうものを持つようになったのかって? いつ頃から医療従事者としての自覚が出来てきたのか、思い出してみましょう・・・・ 医学部の学生時代、京都の町で女子大生と合コンばかりやってた頃に、医の倫理観など芽生えるはずもなく、・・・いくら5〜6年生になって臨床実習(実際に患者さんを見ながら教わるシステム)をしていても、講師の先生から教わるだけの実習で、倫理観などまだピンと来ずに、また、ひたすら分厚い医学書を山のようにたくさん覚えるだけという、超くだらない医師国家試験の勉強に1年近くかまける際に、そんな倫理観など培われるはずもなく、いざ医者になっても(国家試験に受かって医師免許をもらっても)注射一本ろくに打てず。もちろん「外科医」として「手術」など、何年もかかって覚えていく「職人」の仕事と同じだし、そうだなあ・・医者になって、10年たってようやく、「あ、俺がこの患者さんを助けてあげられるんだ、とか、こうしたら、この患者さん達の力になってあげられるんだ」と自覚した・・ってとこですかね。そうそう、自分より上の先輩外科医と一緒でなくても、自分より下の後輩相手にちゃんと手術ができるようになってから・・まさにその患者さんの病気に対する責任をすべて自分自身が負うようになってから・・ってことですか。その頃にやっと、まっとうな医師としての自覚が、本当にできあがったんじゃないかと思いますよ。

今回のトップニュースのページにも取り上げましたし、いつかも、関連情報のページで書いたように、今の大学医学部の教育システムに、とても批判が多いことは事実です。教授回診といえども、胸をあけて腹を出してベットに横たわっている患者さんには一言の言葉もなく、受け持ち医にあごで指図するだけでその大名行列は進んでいくと、そんな投書もよく見かけます。もちろん人間味のある、穏やかな優しい臨床家である教授もいますよ、・・・でも、教授選考の最たるポイントが、いかに優秀な論文をたくさん書いたか、ここでもポイント制なんですよ、つまり、点数制。受験の時と同じでしょ。だから大学中心型の今の日本の医学界そのものが、まさに受験生の受験テクニックで良い大学、良い学部を目指すのと何ら変わりないことをやってるんです。(医学部教授選考のポイントが、いかにたくさんの患者さんの診療に携わり、いかに社会に貢献したか・・論文の数は必要としない・・・のであれば、俺なんてとっくにどこかの教授になってる!!なんてね、あまり偉そうなこと言わないでおこう??!)
 医者である以上、それは「ライセンスを与えられた、ある意味で選ばれた者」ですから、究極の倫理は「患者さんを治す仕事をする」ことでしょう。「人のお役にたつ仕事をする」ことでしょう。それは臨床医だけに要求される事でなく、実際に患者さんと接しない研究者であっても同じですよ。今、よく聞く話、「人と接するのがあまり好きでないから、基礎の学科を選んで研究者になる」・・そんな「人嫌い」の医師が、本当に患者さんのための、人に優しい研究成果をあげることが出来るのかなあ。自分の論文を書くために研究室に閉じこもっているので、自分の受け持ちの患者さんが病棟でアップアップしているのに、「ほかの出番の先生に見てもらってください」と、研究を続ける若い医師。何のための研究なのか、本末転倒も甚だしいでしょう。

優秀な医学部受験生の桜を咲かすのも散らすのも、医学部の教授達が決めることです。試験の点数で判断するのも良いでしょう。論文を書かせて人物評価を試みるのも良いでしょう。面接をして人なりの善し悪しを決めるのも良いでしょう。でも教授達の価値観もずれてるし、受験生の年齢で、きちんと倫理観を持って医者になりたいと思う若者が、実はあまりいないという社会背景も、重大な問題でしょう。

 医学部教育、医者の教育、難しいですね。米国のように「医学部には、入学させてあげましょう。どうぞお入り下さい。でも進学していくのは、勉強も人間形成も大変ですよ。よほど努力しないと卒業できません、ライセンスはもらえません」ていうのも、ひとつの手かも知れませんね。でも、無駄になってしまう学生教育のためのそんな予算は、今の沈没寸前の「日本丸」には無いでしょうが・・・。

 願わくば、スイもカライも、つらいことも嬉しいことも、人としてのいろんな経験に接した若者、感動したら平気で涙を流せたり、小さな子の手を引く若い母親の姿をほほえましいと感じたり、老夫婦が手を取り合って歩く姿を優しく見守れる・・・そういう若者、将来そうなれる素質のある受験生に「桜を咲かせ」てあげられる、そんな医学生選考方法が当たり前になることを望みましょう。

(関連する記事を、トップニュース、がん関連情報のページにも載せておきました。)

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