医語よろしく
2002年1月〜3月
2002.2.7
 「仁戸名から見たマンハッタン」
 この記事は1999年に、ニューヨークのスローンケタリングがんセンターでの施設研修を終え、帰国後に、千葉県がんセンター職員報「仁戸名だより」に寄稿した文章です。乳がん先進国の乳がん医療の現場を見て、まさにカルチャーショックを受けた日本の乳がん医者の“悲哀”をご理解下さい。・・・・

(治療法、医薬品など、当時の状況のまま書かれています。)

乳がんの罹患率が女性がんのトップになり、爆発的に増えた乳がん患者さん達が、日々、乳腺外来を遅くまでにぎわせているが、所詮乳がんは「Western Disease(西欧の病気)」。やはり欧米の乳がん事情をこの目で確かめねばと、今年の6月にニューヨークのスローンケタリングがんセンター(世界有数のがん専門施設の一つ)を見学する機会を得た。
米国の乳がん患者の数は半端ではない。むろん女性がんのトップで、乳がんへの関心は国を挙げて高い。単施設で年間1000例の手術件数はうちの5年分、その圧倒的な数を十数人の乳腺外科医達(女医さんが多い)が毎日こなしていく。(手術件数/医師数ならうちの乳腺外科医は足りている?とんでもない!米国の乳腺診療は診断は放射線科、術後は乳腺内科が診て、外科医は手術だけ!)日本では倫理的な問題や管理区域外での使用規制など、やりにくい限りのRIを利用したセンチネルリンパ節生検も、手術室内にかかるレゲエのリズムに合わせて踊りながら機械出しをするお腹の大きなナースの脇で、放射線サーベイメーターをピーピー言わせながら、女医達がいとも簡単にやってのける。しかし手術は下手くそである。彼らの手術に比べたら僕の手術は芸術に等しい。もし術者をやる機会があれば、きっと「天才乳腺外科医」と言われるだろうと、思いつつ、しかし、最後に吸収糸の埋没で皮膚縫合を仕上げた女の子が、医師でなくアシスタントナースであることを知り、米国医療の職種の多さに仰天。
米国では、乳腺外科医の地位は高く外科の中でも花形(それに比べ、ここ仁戸名いや日本では...)。病室も他科の病棟より遙かに金がかかっていて豪華。ところが、全麻手術でも多くは乳房温存手術と腋窩のセンチネルリンパ節生検だけなので、患者は当日退院いわゆる日帰り手術。腋窩郭清後にドレーンが入っても翌日退院。与えられたわずか12のベットをやりくりし、来週手術予定の患者が入れないからと強制的に術後1週間で追い出しているうちの現状は(それでも他施設より入院期間は半分近く短い)、米国に比べるとまだ甘いのかと反省。しかし、保険制度そのものが違うので、追い出されるうちの患者達が怒るのも無理はない。在院日数の短縮で医療費を削減せよと指示する一方で、国民皆保険どこで受けても同じ治療費(だからうちの科が混むんだ!)という、患者が甘えて当然の日本の保険制度の矛盾を、あらためて痛感する。

手術室と病棟のある本院から、2ブロックほど離れた外来専門のクリニックは、ホテルを買い取り改築したもの。術後のフォローや化学療法は十数人もの乳腺内科医の仕事。お前は外科医なのになぜ内科の見学に来たんだ?と聞かれ、日本では外科医が術後化学療法をやるんだ、と答えると、Realy? Incredible! と、まるで人をエイリアンあつかい。各医師が最低でも3つ以上の個室の診察室を持ち次々に自分が部屋を動いて診察していく。各々の医師にフェローと呼ばれる研修医と数人のオンコロジーナースがつき、さらに最後まで職種の全貌は把握できなかったが、何たらアシスタントとかいうスタッフ数人と秘書が一人。このドクターは全然抗癌剤の点滴刺しに呼ばれないなと思っていると、そんな事は医師の業務ではなく(いちいち尋ねるのも恥ずかしいほど文化が違う)、全ての処置をこなしていく医師以外のスタッフが大勢でチームを組んでいる。医師はX線やCTなどのフィルムを一切自分で見ない、全て放射線科医の読影済みのレポートに目を通すだけで診察が進んでいく。診察時間は当然、完全予約制。患者一人に15分ずつ9時ー5時でびっちり予約が入っており(やっぱり外来って朝から晩までやるもんなんだ)、乳腺内科のトップのDr.Hudis(彼はまだ30台、アメリカで男に歳を聞くな!さすが実力主義の国)の外来予約は半年先まで一杯。それにしてもよく一人15分の診察時間が割けるなあ。もっとも患者も自分の病気や治療に関しては猛烈に知識がある。「私にはなぜHerceptinを使わないのか?」、「WeeklyのTaxolを受けていて骨髄抑制がないはずなのに、なぜ私はG-CSFを自宅で打つ必要があるのか?」などと、千葉県内の一般病院で乳癌治療をする外科医の多くも知らないであろう最新知識が、肥満率200%のおばちゃんの口からポンポン飛び出してくれば、15分の診察時間でも短い。かと思えばDr.Hudisは、「今日は子供の学校の終業式で、迎えに行かなければ、かみさんに怒られる。私立の良い学校は授業料も高いし大変だよ。」と、プイと外出してしまったおかげで、めまいしている頭は爆発寸前になる。
天井の採光ドームから陽光が差し込む、10ほどもある豪華な個室の点滴ルームの脇を通り、クリニックの外に出るが、70年ぶりの猛暑(湿気がないので汗はかかない)にもかかわらず、頭は妙に冷めている。目の当たりにした米国乳がん事情と仁戸名の現状を比べるとなぜか心は重い。「俺がやっている毎日の診療はいったい何なんだ?」マンハッタンのアベニューを闊歩するモデル顔負けのブロンズのお姉さまの長い足が織りなす妖しい色香も、僕の目には映らなかった。.......

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